誰でも、どこでも、普通に

国境なき医師団医師/国立国際医療研究センター国府台病院内科医師:酒匂赤人

 以前勤務していた病院は日本のHIV診療の中心的な施設だったので、直接または間接的に関わる機会がよくありました。医学生のころには特殊で治らない病気というイメージを持っていましたが、いろいろな病気の一つに過ぎないこと、リスクの違いはあるけど誰にでもあり得ること、糖尿病と同じでちゃんと診断されて治療を続ければ普通に長生きできることなど、働いているうちに実感できるようになりました。ただ、薬の種類はたくさんあるし、いろいろな病気や副作用が起こることも多く、設備の整った病院の専門の医師じゃないと診療は難しいなと思っていました。

 昨年アフリカ南部マラウイでの国境なき医師団(MSF)のHIV/エイズ治療プログラムに約半年間参加しました。国民の感染率は十数パーセントとされ、日本ではごく稀な子どもも含め、老若男女誰でもHIVに感染しうる環境にあります。HIV感染者、特にまだ診断や治療がされていない人は免疫力が低下していることが多いために肺炎やマラリア、結核などを併発することも多いのです。活動した病院での入院患者の半分はHIV感染者であり、特に結核病棟では約8割を占めていました。日本でいえば高血圧とか喘息とかみたいに、あまりにもよくある持病という感じでした。そして一般病棟の1割、結核病棟の2割の人は入院中に亡くなってしまいます。

 必要な人材や物資、財源が不足しているアフリカではどうしようもないのかといえばそうではありません。使える薬は数種類で日本よりはるかに少ないですが、インドなどで作った安い薬が先進国の政府や民間からの資金で手に入ります。1500万人の人口でマラウイ人医師が200人くらいしかいないという医師不足ですが、その代わりに看護師が診察して薬を処方したりしています。いろいろな種類の血液検査を頻繁に行って副作用や治療効果を判断し、最適な治療薬の組み合わせを適宜選択できればいいのですが、検査設備が整っているところはあまりないので主に症状と診察で判断するしかなく、薬の選択肢が少ないので治療の変更も1,2回くらいしかできません。できることに限りがあるため治療プロトコールは比較的単純で、専門の医師ではなく看護師であってもトレーニングを受ければ診療ができています。日本での医療レベルとは比較しようがないほど大きな違いがありますが、アフリカではアフリカなりに、ある程度の薬と教育があれば、意外と何とかなっています。ちゃんと診断されて治療が軌道にのれば、多くの人は元気になって仕事や学校に戻り、普通に暮らしていけるようになります。

 以前ほどHIVがメディアなどでセンセーショナルにとりあげられることは無くなったような気がします。偏見や誤解がなくなり、普通の病気とみなされるようになったのかもしれません。でも、ただ単に目新しさが無くなったり、関心が無くなっただけなのかもしれません。日本のHIVにとってもアフリカのHIVにとっても、日本のみんなの関心と行動はとっても大事だと思います。