エイズは続いている 〜ピーター・ピオット前UNAIDS事務局長が日本のキャンペーンテーマを評価

 慶應義塾大学日吉キャンパスで開かれていた第26回日本エイズ学会学術集会・総会で24日午後、国連合同エイズ計画(UNAIDS)のピーター・ピオット前事務局長(現ロンドン大学衛生熱帯医学大学院学長)が講演し、「エイズはもう終わったというような発想があるが、終わりが近いと考えるのは間違いである」と警告しています。今年7月の第19回国際エイズ会議などでさかんに指摘された「エイズの流行の終わりの始まり」といったプロパガンダ的主張に疑問を呈したもので、「現状は、終わりの始まりなどといえる状態ではなく、日本のキャンペーンテーマで指摘されているようにAIDS Goes onと考えるのが正しいだろう」との認識を示しました。

 エイズ&ソサエティ研究会議の《TOP-HAT News第51号》に掲載されたピオット演説の報告をもとにして、内容を簡単に紹介しておきます。

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 ピオット博士は1996年から2010年までUNAIDSの初代事務局長として活躍し、世界はこの期間に抗レトロウイルス治療(ART)のアクセスが大きく拡大しています。また、HIVの新規感染やエイズ関連の死者数が減少傾向を示すようになりました。

それでも、UNAIDS推計によると、2011年末時点で世界のHIV陽性者数は3400万人に達しており、すでにエイズで亡くなった人を含めるとこの30年余りの間にHIVに感染した人の数は6000万人を超えています。ピオット博士はこうしたデータを紹介しつつ、エイズの流行はいまも世界が真剣に対応すべきパンデミックであると指摘し、(1)保健分野だけでなく広い視野で政治や政策をとらえる必要がある、(2)セックスやドラッグと関連した社会的な偏見や差別への対応が予防や治療の普及を進めていくうえでも重要な意味を持っている、(3)ゲイコミュニティから始まったアクティビズムがエイズ対策を進めていく大きな原動力になってきた、と強調しました。

 治療面では1996年にバンクーバーで開かれた第11回国際エイズ会議で、抗レトロウイルス薬の多剤併用療法(HAART)の高い発症防止、延命効果が大きな話題になった当時の状況について、年間の薬代が患者一人当たり1万2000〜1万4000ドルもかかることから途上国での普及は無理だと多くの医師や研究者が考えていたことを紹介し、「エイズムーブメントはそれでも諦めなかった」と語っています。「治療を受ける権利は、基本的な人権として尊重されるべきであり、国際社会はこのささやかな正義を実現する責務がある」という考え方がそうした動きを支え、治療薬の価格を下げて途上国でも入手可能にする努力が続けられてきました。ピオット博士によると、年間の治療薬のコストは段階的に下がっていき、最近では途上国におけるファーストライン(治療開始時)の治療薬の組み合わせなら年間150〜200ドルとなっています。また、2001年の国連エイズ特別総会におけるコミットメント宣言、02年の世界エイズ・結核・マラリア基金(世界基金)の設立など21世紀初頭から国際社会が積極的にエイズ対策と取り組んできたことの意義を強調し、「途上国で抗レトロウイルス治療を受けているHIV陽性者の数は2011年末時点で800万人に達しています。10年前は20万人以下だったことを考えると、これは国際的な協力と連帯の大きな成果ということができます」と語っています。

 ただし、途上国で抗レトロウイルス治療が緊急に必要なHIV陽性者数は現在、約1500万人と推計されており、いまなお必要な治療を受けられない人が700万人もいます。すでに治療を開始した800万人が安定的に治療を継続できるようにしながら、700万人に新たに治療を開始し、なおかつ新たに治療が必要になる人にも対応する。これは並大抵のことではありません。

一方で、世界のエイズ対策資金は2001年以降、大きく増え、2009年には160億ドルに達しているものの、その後は国際的な経済危機の影響で頭打ちからやや減少の傾向になっています。ピオット博士は「エイズはもう終わったというような発想があるが、終わりが近いと考えるのは間違いである」と次のように警告しています。

「現状は、終わりの始まりなどといえる状態ではなく、日本のキャンペーンテーマで指摘されているようにAIDS Goes onと考えるのが正しいだろう。エイズとの闘いは今後、短期的対応から、長期的な対応へと移っていかなければならない」

 こうした認識の共有は、わが国の国内のエイズ対策にとって貴重であるだけでなく、国際的にも大きな意味を持つものであり、今回のエイズ学会の大きな成果といえそうです。