「エイズを終わらせる」? それとも「共に生きる」?

 持続可能な開発目標(SDGs)とエイズ対策について、アフリカ日本協議会の稲場雅紀さんが11月に発行された特定非営利活動法人ぷれいす東京のNewsletter No.87に巻頭論文を書いています。

《「エイズを終わらせる」? それとも「共に生きる」? 持続可能な開発目標の下での世界のエイズ対策はどこへ》
 http://www.ptokyo.org/wp/wp-content/uploads/2015/11/nl87.pdf

 『日本でエイズに取り組むとき、私たち市民社会や当事者運動のビジョンは「共に生きる」であり、「エイズを終わらせる」ではない。しかし、世界のエイズ対策は、十分な一貫性を伴わない中で、「エイズを終わらせる」という方向に向かっているように見える』

 この違和感は稲場さんだけでなく、エイズ対策に取り組む人の多くがいま、共通して抱えているのではないでしょうか。国際的な文脈でみてみましょう。2000年から始まった国連の『ミレニアム開発目標(MDGs)』は今年最終年を迎え、年が明ける2016年からは、新たに15年間の『持続可能な開発目標(SDGs)』がスタートします。

 つまり『持続』こそが次の15年の新たな国際共通理念であるはずなのですが、稲場さんによると『どういうわけか、感染症に関するターゲットだけは、「2030年までにエイズ・結核・マラリアおよび顧みられない熱帯病を終結させる」と、とにかく「エンド」にこだわる』という状態です。どこかおかしくないかと思わざるを得ません。稲場さんはこう指摘しています。

 『何かを忘れていないか、と思う。忘れられているのはコミュニティだ』

 なぜそうなるのかという背景と経緯については稲場レポートに簡潔かつ明解に書かれているので、それをお読みいただくとして「そうエンド、エンドとばかり言っている場合じゃなかろう」という認識も国際的には(そして願わくば国内でも)広がりつつあるようです。

 『アフリカ、アジアの現場でエイズに取り組む関係者たちをはじめ、「エイズを終わらせる」性急な流れへの違和感を表明する人たちが徐々に増えてきているように思う。実際に重要なのは、たとえば治療薬を持続可能な形で飲み続けられるような環境づくりであり、コミュニティ作りを通じた持続可能な予防やケアの実現だ』

 あまりにまっとう過ぎて言わなかったことが、徐々に声になってきている感じですね。